COLUMN
No.5
昨日、9月17日、次女が誕生した。
長女のときは出産に立ち会えなかったのだけど、今回は夜の8時過ぎだったので運よく立ち会うことができた。「出産への立会い」については正直、興味本位的な動機が強くて、人生のうちで数回の機会しかない瞬間だから立ち会えるのであれば立ち会いたい、ぐらいの思いでしかなかった。出産の辛さや痛み、不安というものは、男である以上、想像はできても実感としては感じることのできないもの、と思っていた。
実際に生れてくる直前に傍らで立ち会ったのだけれど、今まで見たことのない必死な表情の嫁さんを見て、「自分の今までの人生の中でこれほどまでに必死な形相で何かにぶつかったことがあっただろうか」と冷静に思ってしまった。(嫁さんよ、スマン。そんなこと考えてて。)
家族として一緒に暮らしてきて、いろいろと話してもきたし、考えてもきたし、協力もしてきたと思っていたけど、この時ばかりは自分の無力さを痛感させられた。必死になっている嫁さんの横で時折声を掛けてあげるだけしかできなかった。
そして、しばらくたったほんの一瞬に、子供が生れた。あっけないほどの一瞬に、とてつもない「命」が生まれ、その子の人生が始まった。
「生」とは紙一重の隣にあるのだけれど、親も子も必死にならないとその紙一枚を突き破ることができないほど、ものすごいエネルギーを必要とする一大事なんだと、立会いをしてみて実感した。出産時に横で何もできなかった私は、家族と一緒に楽しく暮らせることに必死になろうと思った。
そして、嫁さんには「生んでくれてありがとう。」子供には「生れてくれてありがとう。」
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